ある程度ギターを弾きこんだ人ほど、ピッキングという基本の奥深さ、難しさを痛感していることでしょう。
そんなピッキングに関して、巷ではコツと称するものが語られることが少なくありません。しかし、そうしたコツのなかには、単なる決めつけや勘違いのようなものが多々あるのです。
この記事では、「信じてはいけないピッキングのコツ」について解説します。
脱力して腕を振るようなピッキングが理想的…?
ピックを持つ右手の力を完全に抜いた状態で腕を上下に動かすと、手首から先がブラブラと動くはずです。この動きを利用してピッキングするのが理想的である、という見解をよく見かけますが、これを鵜呑みにすべきではありません。
ピッキングは、「その手をどう動かすか」という点(=筋肉運動)に注目すると非常に複雑で、幾多のバリエーションが存在します。それなりにうまくいく、うまく弾けるピッキング方法を「正解」と表現するなら、正解は「脱力して腕を振る」だけではありません。ほかにいくつもの正解が存在するのです。
脱力して腕を振るピッキングのことを、まるで唯一の正解であるかのように主張する人もいるのですが、それはただの決めつけでしかありません。ポール・ギルバートやイングヴェイ・マルムスティーンをはじめ、卓越したテクニックを有するギタリストの多くは、「脱力して腕を振る」とは別の方法でピッキングしています。
ここで、ポールやイングヴェイのピッキングが確認できる動画を見てみましょう。
動画を見れば分かるように、ポールやイングヴェイのピッキングは、速いオルタネイトでも腕がほとんど動かず、軽やかな印象を受けます。
では、「脱力して腕を振る」という弾き方で、彼ら同様の「腕がほぼ動かない」という状態になるでしょうか?実際に試して、鏡などで確認してみてください。ピッキングのスピードが遅いと誤解しやすくなるので、できるだけ彼らと同等のスピードでピッキングしてみましょう。
結果はどうでしょうか?脱力して腕を振るという弾き方では、どう頑張っても腕全体が小刻みに動いてしまい、彼らとは違った印象になってしまうはずです。
要するに、ポールもイングヴェイも「脱力して腕を振る」とはまったく違う方法でピッキングしている、ということです。
脱力して腕を振るピッキングを「悪いピッキング」と言いたいわけではありませんが、この弾き方を「万人に共通する最適解」のように解釈するのはやめたほうがよいでしょう。選択肢はほかにもたくさんあるのです。
ピッキングを語る際などに、よく使われるのが「脱力」という言葉。この言葉には少し注意が必要です。自分の思っている脱力と、相手が思っている脱力は違うかもしれないのです。
たとえば、他人の言う「脱力」は、あなたが思う脱力よりも力が入っているかもしれません。反対に、自分では脱力と思っていても、相手の基準からすると「力が入っている」という可能性もあります。
「脱力」のように、加減を表す言葉で「数値化できないもの」は、各々が勝手に解釈することになるため、相互の認識にズレが生じる可能性があります。脱力という言葉は、意外と不確かなものなのです。
速弾きのときはピックの先端をあまり出さないようにするのがコツ…?
「速弾きをするときはピックの先端をあまり出さないほうがいい。なぜなら引っかかるから」といった見解をよく見かけますが、これも思いこみや勘違いによるものです。
ピックの先端を1センチほど出した状態でも、スピーディーなフレーズを華麗に弾きこなす人だっているのです。たとえば、ザック・ワイルドの手元のアップ映像などを見ると分かりやすいですが、彼は怒涛の速弾きフレーズを、ピックの先端をしっかりと出した状態で弾いているはずです。
先ほども触れたように、ピッキングという筋肉運動には、さまざまな方法が存在します。やり方によっては、ピックの先端が1センチほど出ていようとも、スムーズな速弾きが可能なのです。
「速弾きのときはピックの先端をあまり出すな」という主張は、「『自分の場合』はそうしないと弾けない」というだけの話で、「そんなことをしなくても弾ける人がいる」という事実と大きく矛盾しているわけです。
ピックの先端をあまり出さずに速弾きをすること自体は何も悪くありませんが、「そうでなければ弾けない」というのは思いこみに過ぎません。
ちなみに、「速弾きのとき『だけ』ピックの先端をあまり出さないようにする」というのは、現実的な策とは言えません。ハードロックやヘヴィメタルのように、テクニカルなプレイが当然のように要求されるジャンルでは、速弾きと普通のフレーズ、コード弾きなどが入り乱れることが珍しくありません。そうした状況で、「速弾きのときだけピックの先端を出さないように…」など不可能に等しいのです。
音楽のジャンルや曲によってはそれも可能かもしれませんが、昨今ではJ-POPという枠の中ですら、速いフレーズとコードワークの行き来が要求されることもあります。そのため、ピックの先端をあまり出さずに速弾きをするなら、普通のフレーズもコードもすべてそのまま弾いてしまう、というアプローチをとるほうが現実的でしょう。
ピックの先端をあまり出さずにコードを弾くのはよくない…?
「ピッキング」というテーマから少し逸れますが、コードストロークに関しても少し触れておきましょう。
「ピックの先端をあまり出さずにコードを弾くのはよくない。なぜなら音が微妙だから」「先端は少なくとも1センチは出すべき」といった主張をあちこちで見かけます。そのため、ピックの先端をあまり出さずにコードを弾くのは悪いことである、と思いこんでいる人も多いのではないでしょうか。
こうした主張の多くは、単なる決めつけに過ぎません。下の動画は、自身のサウンドに徹底的にこだわることで有名なエリック・ジョンソンの演奏動画です。小さめのピックを使用し、先端をあまり出さずにコードを奏でていますが、素晴らしいサウンドだと思いませんか?
ピックの先端をどの程度出すのかによって、弾き心地や音色のニュアンスが変わるのは事実です。しかし、これが良いとか悪いとか、一概に断言できるようなものではありません。これらは単に好みの問題であり、他人に押しつけられるものではないのです。自分自身で試しながら、自分でベストだと思う選択をすればよいだけです。
ピックと弦の角度は平行がベスト…?
ピックと弦との角度について、「平行にするのが理想的である」などという見解を稀に見ますが、これも信じてはいけないことのひとつです。
まず、「平行にするのが理想的」かどうかは、「人による」のです。ピックと弦との角度を平行にすると、ピックが弦に衝突するときの「カッ」というアタック音が控えめになり、独自のニュアンスが生まれます。そのニュアンスがほしいなら平行にすればよいのです。
逆に言うと、「カッ」というアタック音がほしいなら、平行にすべきではありません。ロックギタリストの多くは、このアタック音を好み、ピックと弦に多少の角度をつけるのです。
また、平行アングルにしていると、物理的に考えてもピックが弦に引っかかりやすく、速いフレーズを弾くときなどに弾きづらいと感じる人が多いでしょう。そうした意味でも、ロックなどのジャンルでは多少の角度をつけて弾くのが一般的なのです。
「角度がついていると音が悪くなる」などと言う人もいますが、それは単なる偏見に過ぎません。先ほど紹介したエリック・ジョンソンの動画をもう一度確認してみてください。少し角度をつけた「順アングルピッキング」を基本としているはずです。音の良し悪しは、ピックの角度というより「弾き方」のほうに大きく左右されるのです。
角度をつけて弾くのは悪いことである、と思いこんでいる人もいるかもしれませんが、それは間違いです。エリック・ジョンソンをはじめ、多くの名ギタリストが角度をつけて弾いているのですから。
コレが理想的なピックの持ち方…?
ピックの持ち方に関して、とても細かい部分までアドバイスする人がいます。たとえば、
「ピックの先端の向きは、親指に対して垂直にするのがよい」
「人差し指の第二関節は90度ほど曲げる」
「ピックは親指の指紋の中心あたりで持つ」
といったようなものです。こうした助言を真に受けてはいけません。なぜなら、その手の話は、「当人にとってはそれが都合がよかった」というだけの話でしかないからです。
そもそも、それとは異なるフォームで演奏するギタリストが、世界には山ほどいるわけです。
少し例をあげてみましょう。ピック先端の向きを親指に対して垂直にしている人もいれば、ザック・ワイルドのように先端の向きを斜めにしている人もいます。人差し指の第二関節を90度近く曲げている人もいれば、イングヴェイ・マルムスティーンのように人差し指を伸ばし気味の人もいます。ピックを親指の指紋の中心あたりで持つ人もいれば、ポール・ギルバートのようにもっと指先のほうで持つ人もいます。
彼らのような「すごくうまい人」を見ても、ピックの持ち方の細かい点など、見事なほどにバラバラなのです。それなのに、「ピックはこう持つのがいい」などと言って、他人に細かくあれこれ言うのは「おかしい」のです。
ピックの持ち方が、演奏のしやすさや音色に影響を及ぼすのは確かです。ですが、「これが正解」のようなものはありません。ピックの持ち方に関して、妙な思いこみがあると、上達の妨げになってしまう可能性もあります。他人の細かい指摘を気にしていた人は、いったん頭のなかをリセットするとよいかもしれません。
右手をパーやグーにしたフォームはNG…?
ピックを持った右手をパーのように開いたり、グーのように閉じたフォームを「悪いフォームである」と言う人もいますが、そんなことはありません。
ピッキングは、「手を開きすぎているからうまくいかない」「手を握りすぎているからうまくいかない」といった単純な話ではないのです。いくつもの要素が複雑に絡んだ結果、「うまく弾ける」「弾けない」といったことが起こります。右手がパーでもグーでも、その状態で普通に演奏できるなら、特に問題はないのです。
たとえば、ジョージ・リンチやクリス・インペリテリは手を極端に開いたフォームで演奏しますが、その状態でテクニカルなギターソロを弾きこなしています。
手を開きたくなるのは、「何らかの意識」が作用した結果です。たとえば、小指の付け根寄りでブリッジミュートをしようと意識するとか、弦に右手が触れないように意識するとか、「何か」を意識した結果、その意識につられるようにして手が開いてしまうわけです。
手を握りたくなるのも、ピックの持ち方の都合や、何かしらの意識につられるなどして、自然と手を握りたくなる人が多いはずです。
要するに、なんらかの都合により手を開きたくなる、握りたくなるわけですが、その「都合」の部分を無視して、「手を開いてはいけない」「握り込んではいけない」と考えるのはよくないのです。もう少し簡単に言うと、「手を開きたい」「握りたい」と感じている人が、無理にその意識に逆らうのは「不自然」なのです。
自分にとって不自然なことをすれば、ピッキングの柔軟性が失われやすく、音色やプレイそのものに悪影響が出ます。手を開いたフォーム、握ったフォームがしっくりくるのであれば、無理に修正する必要はないのです。
もちろん、よりベターな弾き方を模索して、別のフォームを試してみるのはよいことです。ですが、それらがしっくりこないのであれば、元のフォームに戻すべきでしょう。
おわりに
「信じてはいけないピッキングのコツ」について解説しました。
記事中で何度も述べたように、ピッキングとは非常に複雑な筋肉運動によるもので、多くのバリエーションが存在します。そのため、自分にとってはコツであっても、他人にとってはまったく当てはまらない、といったことがよくあるのです。
間違ったコツを信じてしまうと、場合によっては上達が大きく妨げられ、「ずっと練習しているのに、いまだにあのフレーズが弾けない…」といったことが起こります。
他人の言うコツを鵜呑みにする前に、そのコツが本当に真理と言えるかどうか、冷静に考えてみましょう。